今日はとても心が揺れる1日でした。

突然立ちはだかる壁がやってきて打ちのめされたと思ったら、次の瞬間には気を取り直す出来事があり、そうかと思えばまた打ちのめされたりと目まぐるしく変わります。

それぞれの瞬間に、体内では出来事に対応してエネルギーをだします。
それはとても落ち着かなくなるものですが、体の働きの上では正常です。
ただどうしてそこまでエネルギーを出しているかがわからずにいました。

そこで、自分に対してワークしてみました。

「何に対してそんなに対応しているのか?」
と自分に聞いてみました。

返って来た答えは、
「単純に嫌なものは嫌だ」
という答えです。

それでわかったことはある出来事にとても引っかかっているということです。

「じゃあ、どうやって対策を取ろうか?」
自分に対してまた質問してみます。

「そんなのわからない!」
と返ってきました。

「じゃあ、自分はどうしたい?」
「どうして自分はそのときにその行動をとったの?」
と聞きます。

「自分のために。」
という答えが返ってきました。

ここで答えを整頓してみます。
「自分は嫌なものは嫌だと感じて、対策はわからないが、自分のために行動した。」

そこでもう一つ自分に質問します。
「じゃあ、その行動は自分のためになっていたのがわかったけど、それはベストだった?」

「満点じゃないし不満だらけだが、自分なりにベストを尽くした」
と返ってきます。

「じゃあ、その行動は自分にとって他の人に貢献できるものだった?」
と質問してみました。

「自分なりに貢献したつもり」

ここで2つのことに驚きました。
一つは「人に貢献したい」という望みがその出来事のときの自分には隠れていたことです。
そしてもう一つは
「自分は自分のために行動し、それは自分なりに人に貢献できるものとして行動した」
という言葉が出てきたことです。

奇妙ですね。

「自分は嫌なものは嫌だと感じて、対策はわからないが、自分のために行動した。」
そしてそれは
「自分は自分のために行動し、それは自分なりに人に貢献できるものとして行動した」

ということです。

何も打ちのめされたりするところが無いように思います。
打ちのめされていたのは、突き詰めていないことでレッテルを貼られていた自分だったようです。

ワークの最後にこんな質問をしてみました。
「明日はどんな風にしたい?」

返ってきた答えは・・・
「良い日にしたい!」
でした。

良き日々を
清家雅裕



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